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山田美諭の恩師や父の関係と生い立ちや秘話を紹介!【テコンドー】

スポーツ

みなさんこんにちは。

2021年7月24日にテコンドーの山田美諭さんがオリンピックで4位となりました。あと少しでメダルだったんですが惜しかったです。

今回は山田美諭さんの恩師や父親との関係、そして4位になった秘話などをまとめてみました。

※新しい内容が出てきたらまた紹介します!

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山田美諭のプロフィールと経歴

山田美諭のプロフィール

名前:山田美諭
年齢:27歳
出身地:愛知県
出身大学:大東文化大学
身長:167cm
体重:53kg
会社:城北信用金庫

城北信用金庫に勤務しながらテコンドーでオリンピックで4位を獲得しました。働きながらオリンピックを目指すのは本当に大変だと思います。

おめでとうございます!

山田美諭の経歴

2010年11月:アジア競技大会 第5位
2012年10月:コリアオープン 優勝
2013年7月:第21回世界選手権 ベスト8
2014年9月:第17回アジア競技大会 第5位
2015年5月:第22回世界選手権 ベスト8
2017年6月:第23回世界選手権 ベスト16
2017年9月:カナダオープン 準優勝
2018年8月:第18回アジア競技大会 第3位
2018年8月:WTプレジデンツカップ・オセアニア 第10位
2018年10月:マンチェスターグランプリ 第3位
2018年11月:WTプレジデンツカップ・アジア 準優勝
2019年3月:オランダオープン 優勝
2019年5月:第24回世界選手権 ベスト16
2019年6月:ローマグランプリ 第3位
2020年2月:東京2020オリンピック日本代表選考会 優勝
2021年7月:東京オリンピック2020 4位

4位でも凄いですよね。メダルは取れなかったけど凄い試合でした。

【オリンピック】山田美諭と父との関係は?

山田美諭さんがオリンピックで4位を獲得したのはやはり家族の支えが大きかったと思います。

山田美諭さん父親は空手道場を開いています。山田美諭さんは3歳から空手を習っていたそうです。

しかし、体格の小さかった山田美諭さんはどうしても力負けをしてしまう事も多く、面白みに欠けた時期があったそうです。

そこで、当時兄が始めていたテコンドーを一緒に習う事になりました。

その後、父親は空手道場と並行してテコンドーの道場も開いたそうです。

もともと、趣味程度で開いていたようですが、それが無ければ山田美諭さんがテコンドーを続けていた事は無かったかもしれません。

山田美諭は高校までは父親が指導者!

山田美諭さんも最初は楽しい趣味程度にしか考えていなかったようですが、中学三年の時に全日本のジュニア大会で優勝する事で本格的にオリンピックを目指す事になったようです。

本人がオリンピックを目指すと心に決めた事で家族も全力で支えてあげたそうです。

特に日本ではテコンドーという格闘技はあまりメジャーでは無かったと思うので、父親の指導は山田美諭さんにとって本当に感謝の気持ちが大きいようです。

父親の指導は高校まで続いていたようですね。

空手とテコンドーでは全然違うはずなのにそれを指導するという事は、山田美諭さんの父親も相当勉強したんだと思います。

しかし、この努力も山田美諭さんが4位を獲得して最高の親孝行になったのだとおもいます!

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【オリンピック】山田美諭と大学恩師との関係は?

高校卒業後はテコンドーの名門大東文化大学に進学したそうです。

大東文化大学へ進学した事は山田美諭さんにとって成功への一歩でした。

大学のメンバーはみんな強くて切磋琢磨出来る環境でより成長できたそうです。

その時の恩師はとても影響力があったと話していました。ある取材で語っていた言葉がこちらになります。

人一倍ストイックで熱く,選手のために本気でぶつかってくる方なので,私もそれに応えようと必死でした。

ある国際)試合に出たとき,私)の気持ちに甘)さがあることを監督)は見抜き,「本当にオリンピックに行きたいのか」と問いつめられました。

「そんなことはない!」と反発することもあったのですが,監督が支えてくれたからこそ,今の自分があると言えます。

引用:https://ashitane.edutown.jp

オリンピックを目指す為に必要な部分を大学時代でしっかり鍛えてくれていたんですね。

いい選手は良い指導者に出会う事で育つと思うので、素晴らしい出会いに感謝していると思います。

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山田美諭のテコンドーの秘話!

山田美諭のじん帯損傷の大けがと家族の支え!

山田美諭さんは2015年頃に左足のじん帯をけがして復帰するまで相当苦労したそうです。

じん帯のけがは体のバランスが崩れるなど大けがです。

当時、山田美諭さんも引退を考えたそうですね。

しかし、家族の支えがありもう一度オリンピックに向かって進む事が出来たそうです!

今まで支えてくれ父親や母親との言葉、大学の恩師の思いから復帰しようと決めた頑張ったみたいですね。

勝つためのどれだけ死に物狂いで頑張ってきたかその努力を見てほしいとオリンピック前に語っていました!

山田美諭はテコンドー大好き

『好きこそ物の上手なれ』と言う言葉がありますが、山田美諭さんはその典型ですね。

山田美諭さんは大けがを負うまで、一度もテコンドーを辞めようと思ったことが無く、逆に活動する場がなくなる事の方が辛かったようです。

だからこそ、オリンピックが2020年から2021年に変更された1年間はさらに過酷だったと思います!

仕事をしながらの練習生活に加え、環境が整わない事もあったと思います。

苦難を乗り越えて、獲得した山田美諭さんの4位を本当称えたいです!

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